搾取子の悲しみ


「搾取子」、
「さくしゅこ」とも「さくしゅし」とも呼びます。
「搾取」は、
他人に帰属すべき利得や権利などを
一方的に奪い取り自分のものにする、という意味。
そして「搾取子」は、
子どもが持っている
自由や労力、お金、尊厳、気持ちなど
有形無形のものを
親に、いいように使われてしまっている子のこと。
正式な専門用語でもないので
厳密な定義はありません。
親のストレスのはけ口にされているような子も、
「搾取子」とされることもあります。
子どもは
どんな親でも愛してしまうものですし、
大人の保護がないと生きていけない
弱い立場にありますから、
その気持ちや立場を利用する親がいても
おかしくないことだと思います。
コトハさんもよく
母親のストレスのはけ口になっていました。
コトハさんの母親は不快になると、
「人のせいにして怒る」という行動をとる人でした。
しかし家の外の人間には
そのようなことはしません。
外の人間にそんなことをすれば
人は離れていくでしょうし、
評判も悪くなります。
しかし自分の子どもになら
どんな不当なことをしようと
離れられることもない、
親である自分に依存せざるを得ない存在。
不利益になることがありません。
なのでコトハさんの母親は
イライラすると
娘に因縁をつけては怒っていました。
母親が犯した失敗を
娘のせいにすることもよくありました。
娘が何もしていなくても
何か失敗した体で怒ることもありました。
「私が早起きしてアンタの弁当を作ったのに、
アンタに『弁当は今日要らない』
って言われる夢を見たのよっ!」
よく分からない理由で怒られることも
しょっちゅうです。
時にコトハさんが反論すると
「いつも言い訳してっ」と、また怒ります。
不快になる理由が何なのか、
どう対処すべきか考えることはなく、
”アンタが悪い!”
コトハさんの母親はそうして、
自分の不快感を解消していたのです。
そんな母親でも理性が戻り
罪悪感を感じることもあったようです。
しかし
その「罪悪感」という不快に対し、
“自分は悪くない、悪いのは相手”
という、いつもの思考パターンが働きます。
そうして母親は
親戚や職場の人に
「娘が悪さばかりするので私は困らされている」と
吹聴して回り、
娘にきつく当たることの正当性を認めさせることで
罪悪感を消そうとするのでした。
そういった母親のもとで育ったせいでしょうか、
コトハさんは
何かトラブルがあるとすぐ
「自分のせいなのでは」と
罪悪感を抱くようになり
言いたいことがあっても
黙るようになってしまいました。
彼女は母親の不快感消去のため
自らの名誉、無実を主張する権利を奪われていた
「搾取子」と言えるでしょう。
本来、
自分の感情をコントロールするのは自分の責任です。
起こった問題に対し、
どう向き合い、考え、行動するか決めるのも
自分の責任です。
しかしそれが
感情コントロールする力のなさから
客観的な視点のなさから
行動力のなさから
考える力のなさから
自分の弱さを受け止める力のなさからなど、
己の欠けているところからくる無力感や罪悪感を
子どもに代わりに
背負わせ対処させようとする未熟さが
「搾取子」の
親の正体ではないでしょうか。
歯ぎしりを治した時の話 ~抑えられた怒りの表出法~


ギリギリギリギリ…
以前、歯ぎしりをしていた時期がありました。
歯ぎしりとは
眠っている間、
上下の歯を強い力でこすり合わせている状態で
「ギリギリ」などの音を立てる特徴があります。
もちろん自分ではなかなか気づきません。
家族に言われて知った次第です。
昔、友人とホテルに宿泊した時
夜中に妙な音がするので目が覚め、
音源を探すと友人の歯ぎしりだった、
ということがありました。
人間の体から出ているとは思えない程の奇妙な音で
聞いていて気持ちのいいものではありませんでした。
顎の関節にも悪く、歯が欠けたりすることもあるそうなので、
何とか治そう。
そう思い調べてみると、
原因の約9割がストレス。
それも
「無意識に抑え込んでいる怒り」の表れなんだとか。
(「無意識に抑え込まれている怒り」か…)
なぜ怒りが意識されないのか?
「素直に怒りを認めるのが悔しい」
「恥ずかしい」等の諸事情で、
意識の検閲に引っ掛かり、無意識下に引っ込められたのだろう。
(じゃあその怒りを表に出せば、
意識していない時に出ることはなくなるわけだ。よし、
原因になるものがなかったか思い出してみよう…)
そして思い出したのが、
大学院の同期達との同窓会!
そこで、
院生時代から何かと僕を目の敵にし、
自分の望み通りに相手が振舞わないと
『私は傷つきやすいのに』と被害者モードになる女子に再会。
同期達の前で
「乙生さんって昔、私をよくいじめてたわよね~」
と言いまくられたのだった。
(院生時代、彼女が苦手で僕が避けていた)
せっかくの同窓会
波風を立てたくなかった僕は、
ただただ早くこの時間が過ぎされと、
何も言わず過ごしたのだった。
(あの件か…あのクソ女め…)
さてこの怒りをどう表出しよう。
嫌なことがあっても言い返せないタイプなので、
大声で「バカヤロー」と叫ぶようなことは僕的に無理。
う~ん…。
「そうだ!僕は今、ビリーズブートキャンプに入隊中だった!」
当時、僕は流行りの
「ビリーズブートキャンプ」のDVDを
毎晩見ては体を動かしていた。
(キックボクシングの動きを中心にした短期集中型エクササイズ。
2005年に発売されDVDは150万部のヒット)
エクササイズ時に
ビリー隊長がパンチを指示すれば
あの女を思い浮かべパンチ。
キックを指示すれば、
同じくキック。
キック、キック、キック、パンチ、パンチ、パンチ…
「このクソ女ー!」
「訳わからんことぬかすなー‼」
「どつくぞオラァーっ」
慣れるに従い
声も自然と出てくるようになった。
怒りを表出するのが心地よかったのか、
これを3日間した後、歯ぎしりが消失。
有難う!ビリー隊長。
体重はともかく、歯ぎしりがなくなったよ。
マウスピース代(1万円強)は無駄になったけどね。
victoryビクトリー‼

周りに気遣って怒りを抑える、
それは人としては立派なことだと思います。
でも、
「自分の気持ち」はいつだって
分かってもらうことを望んでいます。
「怒り=悪い」と思って無視したりせず、
気づいてあげましょう。
でないと、歯ぎしりのような、
思わぬ形で出てきてしまいますからね。
「ブートキャンプはきついからそんなの出来ない~」
という人は、
ピコ太郎のppapでも良いと思いますよ。

不眠症中にやってはいけないこと


以前不眠になったことがありました。(大阪府民だからではない)
発端は、
19年近く飼っていた愛猫が亡くなってすぐ、引越ししたことでした。
自然の多い郊外から、交通の便のいい市中へ。
さらに1週間後には
新しい仕事(職場)が4か所増え、
新しい猫も飼い始めました。
新生活がスタートし、
必要な家具家電、新しい職場に持っていくもの、
猫の病院探しに、ガスに水道、電気etc…
情報を集め、比較し、考え、選び…
頭をフル回転させる日々。
そんな日を送るうち、
物忘れが増え、注意も散漫になり、
車道脇の溝に気づかず落ちそうになることもありました。
早く新しい環境に慣れようと
街中を歩き回り 馴染みをつくろうと頑張りましたが
頑張り過ぎたのか、人生初の肉離れに。
片足を引きずりながらの生活という初の経験もこなしました。
その後もコロナを始め、様々な病気に罹り続け、
新しい職場ではなかなか軌道に乗らず…。
新生活11か月目に入った頃、
慢性頭痛、意識は朦朧、身体に力が入らない、
人の話も本の文章もまるで頭に入らず、ついに不眠症に…。
その時決めました、
もうこの新しいこと尽くしの生活をやめよう、
これ以上、新しい情報を脳に届けるのはやめよう、と。
見慣れた所に戻ろう、と。
夏目誠の作った『勤労者ストレス調査表』によれば、
「引越し」のストレス強度は47、「住宅環境の大きな変化」は42。
(「結婚」を50として、0~100の間で示される)
なぜ「引っ越し」がストレスかというと
新生活では
これまで頭に入っていたあらゆる情報を 刷新しないといけません。
買い物の場所、出勤ルートに交通手段
関わる人、風景、間取りの変化による日常の動作etc…
その作業に膨大なエネルギーが使われるため、
自覚はなくとも相当疲労するのです。
また、
ペットロスによって強いストレスを受けていた僕は
(「配偶者の死」はストレス強度83、「親族の死」は73)
精神状態も万全ではありませんでした。
そして新居のある中心街は
人人人…、車車車…、そして看板だらけ。
歩いているだけで、膨大な情報が脳に入ってきます。
常に情報過多で処理が追いつかず、
脳は疲労困憊、
ついには眠れなくなってしまった訳です。
「このまま不眠が続くと鬱になるな…」そう思い、
新居も新しい職場も諦め、
住み慣れた実家に戻りました。
快復のため特に心掛けていたのは、
極力何もせず、ゴロゴロし、情報を入れないようにすること。
そして
自然の中に行くこと。
自然には、情報を処理してくれる力があります。
頭痛と疲労の真っ只中の頃、
里山歩き(約10㌔)に行きました。
不思議なくらい、疲れず、頭痛も治まったのです。
(因みに、神経発達症の子達がパニックで教室から飛び出した時、
校庭の池や木がある所に行くことが多いのですが、
これは自然に触れると頭がスッキリして落ち着くからではないかしら)
今の時代は情報過多で
常に脳が疲れやすい状況にあります。
こまめにリラックスして 回復させてあげないとね。
「ありがとう」は魔法の言葉?


むかしむかし、
ある駅の駅長さんが、
トイレでの客のマナーの悪さに困っていました。
「トイレはきれいに使いましょう」という貼り紙をしましたが
全く効果はありません。
いくら掃除しても
すぐ汚されたり落書きされたりしてしまいます。
そこで駅長さんは、
貼り紙の文面を
「いつもトイレをきれいに使って下さりありがとうございます」
というものに変えました。
するとそれ以後、
トイレが汚されることがずっと少なくなったのだそうです。
めでたし、めでたし。
この話が広まり、
今やあちこちのトイレで
「いつもきれいに使って下さりありがとうございます」の貼り紙が見られます。
『返報性の原理(好意の返報性)』と言って、
相手から好意的な行動を受けたりすると
自分も相手に好意な行動を返したくなる、
そういった心の働きが、人にあります。
なので感謝をすると、
感謝したくなるようなことがお返しにもらえる、ということですね。
それにちなんでか、
「ありがとう」は魔法の言葉、とよく言います。
学生時代、
スピリチュアルや自己啓発がブームになっていました。
僕も一時はまっていたことがあり、
いくつかのセミナーに参加したりもしました。
そこでも
”感謝をしていると、感謝したくなるようなことが起こる、
だからたくさん感謝しよう”
ということが、よく教えられていました。
あながち間違いとは言えませんよね。
そんな感謝ブームの中、
あるセミナー会場では
「ありがとう」と書かれた紙が貼られてある鏡、
「ありがとう」と書かれた紙が貼られてある化粧水、
「ありがとう」と書かれた紙が貼られてあるペットボトル、
「ありがとう」の書かれた札が刺さっている植木鉢…。
脇に目をやると、
10人余りの、上下白い服を着た、
床のマットに頭をつけ「ありがとう、ありがとう…」と
唱え続ける人たち…。
また別のセミナーでは、
”貧乏なのはお金を汚れたものと思っているから。
お金が欲しければもっとお金に感謝しましょう。
お札にも「ありがとう」と書きます!”
”宇宙人が攻めてきたらどうするか?
「ありがとう」をみんなで唱える「ありがとう攻撃」をします
そうすると宇宙人も悪い気がしなくなり
地球を攻撃しなくなります”
・・・・・・(゜_゜)
もはや「ありがとう」は感謝の言葉ではなく、
利を得るため、人を操作するため
己の願望を叶えるための
万能道具とみなされている…。
ではそんな教えに呆れ、
僕は何もしなかったのかというと
「これで幸せになれるのなら…」と
一日400回ありがとうを
お風呂場でこっそり唱え続けたのでした。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう…」
こんなに何日も唱えているのだから、
「ありがとう」と言いたくなるようなことが起きるはず…
ありがとう、ありがとう…
ある夜、
いつものように入浴中唱えていると、
風呂場の壁のタイルの隙間に何か黒いぶつぶつが…
?
それは外から侵入してきた蟻10匹。
(まさか… )
感謝の気持ちのない「ありがとう」には
感謝と無縁な「ありがとう」と言いたくなる出来事が 返ってくるのですね
「悪口」は自己紹介


「何なのあの人、〇〇なんだから」
職場や学校などで人から悪く言われてしまい、
落ち込んでしまうことってありますよね。
でも
「悪口は自己紹介である」という言葉もあり、
言われる側が悪いわけではないこともあります。
どういうことか、
僕の例でお話しします。
ある日、僕の職場に新しい職員さんが入って来ました。
その方は
声も体も大きく、
初日から他の職員さんの肩を叩いては馴れ馴れしく声を掛け、
会話ではすぐ自分の話に持って行き、
会議は議題から外れることも多く、そのため時間が押し…。
「何なんだあいつ。
上から目線で話しかけてきては主導権を取って自分の話ばかりして…
自分が知識豊富であるように見せたいつもりか。
声がでかいからこちらは聞かない訳にはいかないし
自己主張が強いだけの空気が読めない奴じゃないかっ」
と、
僕は相手を見ると内心イライラしていました。
しかしあまりにイライラするので、
何でこんなにイライラするんだ!?
「感情的になるのはその背後にコンプレックス(複雑な心理)がある証拠」
と、
深層心理学者のユングは言ってましたっけ。
よし、
相手に対し苛立つ感情の底に何があるか深堀りしてみることに。
すると、
会話で主導権を取りたいのも、
自分が知識豊富だと上からアピールしたいのも、
全部自分に当てはまる、実は自分がしたがっていることだと気づいたのです。
あちゃ~
それこそ、人が聞いたら「お前が言うな」と怒られそうな。
人には「投映」と言って、
自分が受け入れられない、認めたくない己が感情を
相手の中に映し出し
それを相手が持っているものと思い込む、という心の働きがあります。
醜い感情など、
自分が持っていると思うより他人が持っていると思う方が
精神的に苦しまずに済みますからね。
心の防衛手段のひとつです。
なので
自分がしたいと思っていることを、
堂々とやっている相手に嫉妬し、腹を立てている、
というのが本当のところだったのです。
僕のイライラに反し、
上司は新しい職員の行動を、
「早く仲良くなろうと努力しているんじゃないか?」
ぐらいに思っていたそうです。
何とも心優しい上司、
だから相手の中に優しさを見出すのだな。
それに引き換え、
何とも心の狭い、自己主張したがりの空気の読めない自分…
もし悪口を言われたら、
それは言っている人間の妬みではないか、
もし悪口を言いたくなったら
自分が本当はそうありたいからではないか、
と
振り返ってみて、
自分の心や評価を無駄に傷つけるのは控えましょう。
悪口を言うことは
「自分はこういう悪い特徴を持っている人です」と告知するようなもの
相手の評価を下げているつもりが
実は自分の評価を下げていることになりますからね。
もし悪口を言いたくなったら
関係のない第三者に。
それこそ、
カウンセラーさんにでも言うことをお勧め致します。
ゲーム依存から抜け出した時の話


僕は大学時代に、
今で言う『不登校』様症状になりました。
一晩中家でゲームして夜明けに床につき、
昼過ぎに起きる。
適当に昼食をとりながら再びゲーム。
夕食と風呂の時間以外ずっとゲーム。
このような日が、
3年近く続きました。
きっかけは
受験の失敗、失恋、友人が出来ない、
授業について行けない、大学の先生とうまく行かない、
つまるところ、
その大学の校風が自分にまるで合わなかったことだろうと思います。
プライドから、それを認めたくなく、
何とかついて行こうと
周りに無理にでも合わせよう、自分を大きく見せようとし過ぎた
・・・そういったストレスも積み重なったためだと思います。
自分でも、ゲームは現実逃避だと分かっており、
何度もこのゲーム漬けの生活をやめようとしました。
兄弟にゲームソフトを隠して貰ったり、
兄弟の部屋の鍵付き引き出しに入れてもらったり・・・
でもその後決まって
頼むから返してくれと懇願したり、
兄弟の部屋に忍び込み、引き出しをこじ開け、
結局またゲームをしてしまう・・・。
コントローラー片手に貧血になり、
意識が朦朧とすることもありました。
友人から叱責され見放され、
それでもゲームを手放せない…。
ゲームをする喜びと同時に、
自分をコントロールできない恥ずかしさを
いつも味わってました。
たまに大学に行くと、
そんな自分が周りから軽蔑されているように思え、
『お前はこの大学にいるべきじゃない』
『この学校に相応しくない』
そう裏で言われているんじゃないか、
そんな被害妄想も
出て来るようになっていました。
『ゲームをする』
→『ゲームをする自分が情けない』
→『その情けなさをかき消すためゲームする』
この繰り返し。
その3年間から抜け出すため僕が最初にしたことは、
『ゲームをする自分を恥じないこと』
だったのです。
ゲームをする時に
「これは、気分を前向きにするためにするんだ」
と、意識してゲームする。
そして終わった後は、
「ゲームをする前より気分が良くなったのだからOK」と、言い聞かせ、
自分を許しました。
『自分はゲームをやめたくてもやめられない情けない人間』
という受け身的イメージから
『自分は自分をより良くするためにあえてゲームをしている』
という能動的なイメージに変えたのです。
受け身的で、無力感を抱いてしまうところを
自分があえてこの行動を選び、
そしてその結果少しでも良くなったところを評価する、
ということをしてみたのです。
すると
徐々にゲームへの執着が薄れ、
ゲームの時間が減っていきました。
おそらく
『自分の行動を自分でコントロールできる』という
自己効力感が回復してきたのでしょう、
そして外へ散歩に出るようになったり、
少しずつ勉強をするようになったり・・。
そして
どんな少しの努力、それこそ
英語の文章1行読む、というようなわずかな作業でも、
必ず褒めることにしました。
「自分がまっとうな人間というゴールは、
何万光年も先にあるようなものかも知れない、
でも、1ミリでもそれに近づくことが出来たのなら、それで良しとしよう」
と言い聞かせて。
数か月後には、
人目が怖くて仕方なかった僕が
フリースクールで不登校生相手のボランティアをするようになり、
さらに大学院に合格、ペットも飼い始め、
家庭教師のバイトまでするように!
「こんな自分じゃダメだ 今の自分を変えなきゃいけない」と
自分を責めている時はまるで変わらなくて、
「これでいいんだ 自分は十分よくやってる」と
自分を許して認めてあげると変わったのだから
ゲーム依存回復の第一歩は
自分を責めないところからだと思います。
後に臨床心理士になり、
アルコール依存症の治療で有名な松本俊彦先生が
同じ手法で関わっておられるのを見て、
「すごい!正解だったじゃん!」と
当時のダメ人間でしかなかった僕を
見直してやることが出来ました。
「薬」ではない精神治療を実践せよ ~精神科認定看護師:越智元篤インタビュー~

『精神科看護師、謀反―極私的「革命」レポート』の著書、 越智元篤氏(39)に会ったのは2018年5月、 薬物療法に関するとある講習会だった。
越智氏は現在、精神科認定看護師として あちこちの病院や学校等で
より良い精神医療の実践について教えている。
その講習の中、 越智氏は
精神症状を呈する子どもに安易に薬物処方することの危険性について語っていた。
その正義感溢れる語り口がひじょうに印象的だったので、
後日、私の方から取材を依頼。
越智氏がそう言ったことの理由について語ってもらった。
誤診誤処方を繰り返す精神医療者たち
2013年、フリーライター嶋田和子氏によって
『精神医療に繋がれる子ども達』が出版された。
そこに紹介されているのは、不確かな診断から抗精神病薬を処方され、
その副作用による症状が、医師の更なる誤診を招き、
次々薬が足されていく子ども達の実体験である。
「僕が嶋田さんに言った話なんです。
ほとんどが不眠から始まったとか不登校から始まったとかなんです。
それが治療していく内に、診断名が『統合失調症』になっていく。
そんなんばっかりなんです」
そう語るのは、精神科認定看護師の越智元篤氏(39)。
統合失調症は、
幻覚、幻聴、妄想、異常思考、感情の平板化、意欲の低下、等の症状がみられ、
思考や感情、行動のまとまりがなくなる精神障害。
120人に一人の割合で罹るとされている。
「統合失調症…僕はこんな診断名があるとは思ってませんけど」
精神医療は「薬が主体」?
~なぜ精神医療者による多剤併用・大量処方がなくならないのか?~
2007年越智は、
精神医療相談を主としたNPO法人「精神医療サポートセンター」を立ち上げた。
活動内容は、24時間対応の電話、メールでの相談。活動期間は10年あまりになる。始めた頃は、「月に一本電話が来れば十分」と思っていた越智だったが、
精神科に通う多くの人々から相談が寄せられ、
個人では対応できない程になっていったという。
「その活動を通して、精神医療のおかしな現状に確信を持ったんです。
治療のため病院に行ってるのに、みんなおかしくなっていく」
そこで越智は、『自己責任』を前置きした上で、減薬をアドバイスすることにした。
すると、多くの人が回復していったのだ。
だがその話を同じ医療者にすると、
『それは看護じゃない』『そこは医者の領域だ』という反応が返ってきた。
「もちろん薬で良くなる人もいてますよ。
ただ、精神科の病院では、薬で良くならないケースも多いわけです。
減薬したら、それまで良くならなかった人が退院していくとか、
薬以外のアプローチで良くなったとか。
そういうことを医者も目の当たりにしてるのに、
『この薬でダメだったらこの薬でやってみようか』って
根拠のない多剤大量処方をしている」
精神医療での多剤大量処方。
現代では社会問題ともなっており、
厚生労働省による規制や保険点数減点という対応がなされている。
にも関わらず、現状は変わっていないという。

ここで、抗精神病薬の歴史を簡単に見てみる。
1952年、外科麻酔のために使われていたクロルプロマジン を、
幻覚・妄想を鎮静化させる効果が見られた。
その報告を端に、抗精神病薬は次々と開発されていく。
しかしこの時期の抗精神病薬は、
口が渇く、便秘、身体が無意識に動く(アカシジア)などの
錐体外路症状が副作用にあった。
その後、ハロペリドール等の、副作用が少ないとされる抗精神病薬が登場。
神経伝達物質ドーパミンD2受容体を遮断する働きによって、幻覚・妄想を鎮静化する。
セロトニンの過不足によって感情が失調をきたす』という仮説が広まっていった。
「それまでは生活療法でリハビリとか薬以外のアプローチもあったのに、
『薬で精神をコントロールできる』と思い込む医療者が出て来た。
精神医療ってそんな風潮があってね。
僕は真っ向から反対することを書いているんだけども」
精神疾患の背後にあるもの
越智は、相談活動を続ける内、相談者に
発達障害やトラウマを持つ者が多いことに気づいた。
発達障害がある人は不器用で、相手の気持ちを想像できない、
場の空気を読めないなどの特性がある。
それゆえ叱られたり、いじめられたり孤立するなど、
対人関係で苦しんでいる者も多い。トラウマを抱えている者も数多くいる。
同様に、虐待やネグレクト、不適切な養育環境で育った者も、
適切な対人関係を構築できないなど、トラウマを抱えている。
生命の危機に関わる体験や暴力被害だけではなく、
小さな傷つき体験の積み重ねもまた、トラウマとなるのである。
「小さい時の、飲んだくれた親父の姿、頭をどつかれてほったらかしにされた、
冷たくあしらわれた言葉、いつも家に一人で居てた、
お母さんは知らない男の人を連れてきた、…これも問題なんです。
複雑性PTSDって言うんですけど」
このようなトラウマの症状には、
抑うつ気分、または気分の激しいアップダウン、被害妄想、パニック、睡眠障害、
自傷、自殺企図、幻覚・幻聴(解離)、社会的ひきこもりなどがある。
一見しただけでは、統合失調症やうつ病の症状との違いが分からない。
「トラウマが精神疾患に影響を与えているって言えるんじゃないですか、一つは。
なのに(医者は)全然向き合わない」
アメリカの研究では、
精神疾患者の実に八割が過去に何らかのトラウマを体験している、
ということが分かっているという。
しかし日本の精神医療現場では、発達障害やトラウマの存在を考えず、
出ている症状だけを見て機械的に診断されている。
気分の落ち込みは「うつ病」、気分の激しいアップダウンは「双極性障害」あるいは「人格障害」、幻覚・幻聴は「統合失調症」、といったような。
診断が誤っている以上、処方薬が効かないことも多い。
しかしそれに対しては、
薬が少なかったからであろう、もっと合う薬が他にあるのであろうと、
薬の足し算がなされていく。それが、多剤併用・大量処方となっていくのだ。
「薬で良くなるんだったらいいですよ、良くならないんですから。
でも医者は『薬を飲んでるからこれぐらいの状態で抑まっているんだ』って解釈する。『自分の処方のせいでこれだけ悪くなってる』って思わないんです。
そんなレベルの精神医学ですよ」

トラウマ・インフォームド・ケア
「薬を使って効果があったとしても、中・長期的に見た場合、
絶対良くならないんです。ちゃんと見通しを立ててるんだったら話は別ですけど」
根本のトラウマがなくならない限り治らない、とする越智。
精神病院の入院患者がなかなか治らない現状をこう分析する。
「精神症状を発症した人達が(暴れて)強制入院させられる時、拘束とか、
押さえつけられ注射される。これ自体がトラウマになるんです。
さらに、小さい頃のトラウマの記憶も蘇るんで、
それも再びトラウマとして体験されるんです」
因みにトラウマを体験する時は、
脳内では海馬が傷つき扁桃体が興奮する。交感神経の過覚醒状態となり、
認知機能は減弱、思考機能は低下、物事の前後関係が考えられなくなる。
興奮するか逃げるか、という正に『生命の緊急事態』となる。
こうした体験をした患者に対し、病院はどのような対応を行うのか。
「院内では、ルールを守らせようとする、禁止物を預かる、薬を確実に飲ませる、
従わせようとする。でもこの状況の一つ一つが、小さい時の複雑性PTSDと、
同じような状況を作るんです。患者がどうなるかというと、
病棟のルールを守れないとか、他人の物を盗るとか、
些細なことで他の患者さんと喧嘩するとか、
心理的退行(幼児返り)が起こるんです。」
ではトラウマを持つ患者は、
小さい頃の傷ついた時の状態のまま、病院から出られなくなるのでは?
「僕が今やっているのが、トラウマインフォームドケア。すごく実践的なんです。」
越智が熱く答える。
「緊張状態を和らげるような関わりをするんです。言葉かけ一つ、環境一つ、全てをビクビクさせない状況にし、プラス、減薬していく。コミュニケーションスキルとか何かをもって、トラウマを和らげていってあげるんです」
越智は今、精神病院内を組織横断的に動き、患者に教育支援的な関わりをしている。現場での首尾を聞いてみた。
「退院していってます。それも減薬してですよ。」
ある時、境界性人格障害(ボーダー)と診断されている患者が、
臨時の診察を訴えてきた。しかし越智が主治医に伝えたところ、
『ボーダーの患者はとりつぐな』と断られた。
ボーダー患者は、人を振り回すような行動、それこそ
自殺企図などの行動をとることがある。
そのため、難治療患者として受け入れを拒む精神病院も多い。
「その子に、『ちょっと、治す気ある?』って聞いたんです。
『主治医とどう繋がったかで人生左右することがあるから、
一緒に考えていってくれへんか』って話して。
で、薬の勉強とかさせて信頼関係を作っていったら、
普通の女の子になって退院したんですよ!」
トラウマを意識した関わりをしただけで退院できた人もいた。
開放病棟で過ごせるくらいにまで回復したこともあった。
「これが主となる筈なんです。
薬は必要な時もあるけど、中心軸じゃなくて添えるものなんです」
越智は、今話題になっているオープンダイアローグにも積極的である。
オープンダイアローグとは、
フィンランド発祥の治療法。
患者、医療スタッフが、患者の依頼を受けてから24時間以内に集まり、
対話によって治療方針を決めていくというもの。
入院、薬物は原則として使わない。
だがそれを話すと、
『ここは日本だから』『24時間以内に集まるなんて』などの声が周囲からあがる。
越智は、それは方法論の表面だけを見ているからだという。
「トラウマを作らない病棟を作ってるってことなんですよ。
物事を決定する時に患者さん抜きで決めない。
医者が偉くて看護師が下、とかなく、みんなが同じ立場でやる。
これ自体がトラウマを作らないわけです。安心を与える。
僕が言っているのはそれなんです」
彼が実践するのは、患者を傷つけず、薬を軸としない、関わりによる治療的看護。
「抱えてる想いとかしんどさとか体験を聞くことで関係性が作れる。
そこに応えるアプローチが看護だと思うんです。
『イライラするから薬を下さい』『ハイ、どうぞ』って、違いますやん。
話を聞いてあげて『有難う、落ち着きました』って。これやと思うんです」
十年間、干されてたというか
地道な実践活動によって成果を上げてきた越智だが、
精神医療界で認められるまでには苦労もあった。
2006年、越智は精神医療現場の理不尽を突いた
『精神科看護師、謀反―極私的「革命」レポート』を出版。
ペンネームで出版したものの、当時勤めていた病院に知られ、
自主退職を余儀なくされたのだ。
「精神科医の中で有名になってしまって、働けなくなって。NPOの活動も
ペンネームでやってたんです。本名では活動できない時代だったんで。」
仕事を失っても看護師のアイデンティティは失わず、
それゆえのNPO活動でもあった。その傍ら、精神科認定看護師の勉強に励んだ。
だが精神科看護協会内でも、越智のことは知られており、
要注意人物として囁かれていたという。
「すごく陰口も言われたし。『また薬のこと言ってる』ぐらいのね。
今は理論的なとこも押さえて実践的なとこも見せて、
診療の補助と療養所の世話を実践に照らし合わせて、文句が言えないようにしてる。
だから影で言う奴はおっても正面で邪魔してくる奴はおれへんので。
協会にも認められてるし、もういいんですよ」
専門化して見たらアカン
「僕の中で『答え』って見えてるんです。薬じゃない、トラウマ和らげるアプローチをどうするか。何で浸透しないかっていうと、社会心理学的な問題なんですよ」
こういった現象に向き合わないという、精神医療者の社会心理学的な問題。
それは、医療者が目の前の『ここ』しか捉えていないからだと、越智は言う。
「『現象のスペクトラムにアプローチせよ』って僕はいつも言ってるんです。
多くの精神医療者は、自らの分野にこだわって、他の現象を考えられない。
疾患は全部、スペクトラムなんです。発達障害者も鬱状態になるし、
鬱も橋本病とかが関係しているのもあるし。
それを専門家は『こっちはウチの領域じゃないから』って、平然と言うんです。
自分の分野しか勉強してなかったら、本当の診断、症状の背景を見落とすのに」
専門家は、自分の知っている分野以外のことを知らない、という事を踏まえて
謙虚に診断にあたるべきなのだ。
「『越智さんはどの疾患の専門ですか』って看護師に聞かれるけど、
どの疾患も全部わかります。何故かというと、全部いっしょやから。
ラベルづけすると、矛盾が出て来るんです」
しかし、多くの医療者が、目の前だけを見て自分の物差しでラベルを貼り、
全て分かった気になってしまっている。
それが、『安易に薬で対処する』治療を生み出すこととなっていくのだ。
ここでとどまっているんだったら、やめた方がいい
「僕が精神医療の形を変えていくしかないかなって。実践として証明していくことも、学会で問題提起するのもそうだし。講義で喋って共感してくれる実践者をつくって
知識を伝えていく。まず精神科医と精神科の看護士の認識を少しでも変える。
『実践ってのはこうなんだ』って証明していかない限りは、
いくらそこに素晴らしいドクターがおっても変わらない」
ここまで来て、彼のその想いはどこから来ているのか聞いてみた。
「最初はね、人の苦しみって分かれへんかったから、
プライドで看護をやってたんです。その中で
自分の子どもが一人生まれ二人生まれ三人生まれ四人生まれ…
『生きる』って何なんやって。それまで余所の子には全く興味なかった。
なのに自分の子どもが生まれたらすごく愛情が湧いたんですよ。
で、自分の成長とともに、患者さん達にも何とか元気になってもらえないかって。
発狂しているような人達も、小っちゃい時は
こんなことになろうとは想像してなかった、夢も希望も持ってた。
幸せな時があった訳じゃないですか。
そういうのを、医療者はみな、想像できていない。
現在の『ここ』だけ見て、患者を厄介者扱いして、薬を与えたり、叱ったりしてる。
患者が何でそういう行動をするか考えてあげたらいいだけなんですよ。
そしたらそんな対立構造は生まれないですよ。
統合失調症とかラベル貼ることで、人生を狂わされてる人がいっぱいおるのに。
そこに真摯に向き合ってほしいんですよ。」
ここまでやってきたのだから行けるところまで行かないと、という越智。
でないと人生の最後で不全感が残ると言う。
「生き様…じゃないけどね。
『患者が軸』ではなく『自分が軸』の視点かも知れないけど。」
二〇一八年五月。
越智は、公認心理士の講習会で、薬物療法について講義を行った。
参考書を棒読みするだけの講師が多い中、越智は受講者をグループに分け、
ディスカッションさせる形式をとった。
職種は精神科医、看護師、特別支援校教諭、スクールカウンセラー、ソーシャルワーカー…と実に様々。
夫々の立場から見立てを出し、患者像とアプローチ法を考えさせるという。
講義終了後には
「違う職種の人の見方が新鮮で、色々な角度から物事が見れて、とても参考になった」という声が会場に溢れた。
越智のいう『現象のスペクトラムへのアプローチ』が、
また少し広まっていった。
越智元篤氏の著書:

